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Hiroshi Tanahashi
大学時代からレスリングを始め、98年2月に新日本プロレスの入門テストに合格。99年に立命館大学を卒業し、新日本へ入門。10月10日、後楽園ホールにおける真壁伸也(現:刀義)戦でデビューを果たす。デビュー間もない10月19日には、井上亘を敗り、プロ入り初勝利を飾る。03年3月、自らが熱望していた「U−30(30歳以下限定王座)」を提唱し、リーグ戦を開催。4月23日、真壁との優勝決定戦で勝利し、初代U-30王者となる。その後、柴田勝頼、丸藤正道(プロレスリング・ノア)、吉江豊、成瀬昌由、村上和成らを相手に、通算で11度の防衛に成功する。03年6月13日、吉江とのタッグで第44代IWGPタッグ王者に輝き、11月30日には永田裕志とのタッグで、ノアの小橋建太&本田多聞を下し、第7代GHCタッグ王者となる。04年12月11日、中邑真輔とのタッグで第47代IWGPタッグ王者に輝く。05年4月、「NEW JAPAN CUP」の第1回大会で優勝。6月に行なわれた「U-30無差別級王座決定リーグ戦」も全勝優勝を果たし、同王座の第3代王者に君臨する。8月には、中邑と共にメキシコ遠征を経験。06年1月、アメリカのTNAに初参戦。AJスタイルズらと対戦し、“ハイ・フライング・スター”として観衆から支持を集める。7月17日、IWGPヘビー級王座決定トーナメントを制して同タイトルを初戴冠。第45代王者に輝く。10月9日、「G1 CLIMAX 2006」覇者の天山広吉の挑戦を退けて初防衛に成功。07年4月13日、永田に敗れるまで4度の防衛に成功する。その後、右膝の治療に専念するためにシリーズを欠場していたが、7月6日に復帰。8月の「G1」では、決勝戦で永田を下して初制覇を達成。10月8日、永田を破り、半年ぶりにIWGP王座を手にした。11月11日、後藤洋央紀の挑戦を退け、同王座の初防衛に成功。08年3月23日、真壁刀義、ジャイアント・バーナードを連破し、自身2度目の「NJC」制覇。4月には全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」に初エントリーし、準優勝を収めた。この直後、左膝の負傷でシリーズを欠場。8月の「G1」で復帰。10月、無期限のTNA遠征に旅立つが、菅林直樹社長の要請を受けて緊急帰国。09年1月4日東京ドームにて武藤敬司を撃破し、第50代IWGPヘビー級王者に輝いた。同年2月15日、中邑の挑戦を退け、初防衛に成功。4月5日、カート・アングルとのシングル初対決を制し、2度目の防衛に成功した。5月6日、中西学に敗れて王座陥落するが、6月20日にリターンマッチを制し、王座返り咲き。第52代王者に就いた。09年プロレス大賞MVP受賞。11年1月4日、小島聡を破り、第56代IWGPヘビー級王者となる。そこから約1年間で11度の防衛を果たし、新記録を打ちたてた。12年2月12日、オカダ・カズチカに敗れて王座から転落するも、6月16日大阪で奪還に成功。第58代王者に就いた。
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