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選手名鑑

棚橋 弘至

Hiroshi Tanahashi

身長
181cm
体重
103kg
生年月日
1976年11月13日
出身地
岐阜県大垣市
血液型
O型
デビュー
1999年10月10日
得意技
ハイフライフロー、スリングブレイド、ドラゴンスープレックス、テキサスクローバーホールド
所属ユニット
本隊
入場テーマ
HIGH ENERGY
BLOG
http://ameblo.jp/highfly-tana/
Twitter
@tanahashi1_100

■ニックネーム
「100年に1人の逸材」
「エース」

プロレスラーのニックネームはメディアから発信されるケースが多いが、棚橋の場合は、いずれも自分発信で浸透させた。
 
■名言
「愛してま〜す!!」

メインイベントに勝利後、リング上で大会を締める際の決め言葉。
「○○の皆さん、愛してま〜す!」と○○の部分に地名を入れることが多い。
 
 「IWGPは……遠いぞ!!」

2012年1月、IWGP王座に挑戦表明してきた、オカダ・カズチカに向けて言った言葉。
自分が挑戦者に回った時は、逆にオカダから言われてしまったことも。
 
「生まれてこのかた、疲れたことありませんから」
どんなに多忙でも、「疲れたことがない」と公言する棚橋弘至。
挨拶で「お疲れ様です」と言われた場合も、「いや、疲れてないです」と返すことが多い。
 
■特技
エアギター

メインイベントで勝利後、観客のリクエストに応じて披露するパフォーマンス。
ギターケースを開ける所から始まり、ギターBGMに合わせてギターを掻きむしり、ジャンプ。
ギターを破壊するパフォーマンスのあとに、リクエストがあった場合には、エアギターを再度、客席から投げ込んでもらう。
回数はだいたい3回が限度。それ以上にリクエストがあった場合には、寝転んでイヤイヤする場合も。
※2013年5月『アメトーク』のプロレス芸人特集では、大学の先輩であるユリオカ超特Qさんに「これは3、4年前からやってるんですが、ものすごい完成度が低い位置で安定しています」とコメントされたが、これは愛情ありきの言葉であった。

■好きな食べ物
生クリーム、白米

※ちなみに嫌いな食べ物はとくになし。

■趣味
読書、ゲーム、仮面ライダー

・ゲームは「モンスターハンター」好きを公言。新日本スタッフらと「狩りに出かける」ことも多いとのこと。
・仮面ライダーは、平成ライダーシリーズの「仮面ライダーカブト」からハマり、現在の棚橋スタイルに強い影響を与えたことをインタビュー等で明らかにしている。
入場時の逸材ポーズは、「カブト」のポーズから、エアギターは、「仮面ライダー響鬼」のトドロキからインスパイアされた模様。一番好きなシリーズは「仮面ライダーW」。


■棚橋弘至HISTORY
大学時代からレスリングを始め、98年2月に新日本プロレスの入門テストに合格。99年に立命館大学を卒業し、新日本へ入門。
10月10日、後楽園ホールにおける真壁伸也(現:刀義)戦でデビューを果たす。デビュー間もない10月19日には、井上亘を敗り、プロ入り初勝利を飾る。

03年3月、自らが熱望していた「U−30(30歳以下限定王座)」を提唱し、リーグ戦を開催。4月23日、真壁との優勝決定戦で勝利し、初代U-30王者となる。その後、柴田勝頼、丸藤正道(プロレスリング・ノア)、吉江豊、成瀬昌由、村上和成らを相手に、通算で11度の防衛に成功する。03年6月13日、吉江とのタッグで第44代IWGPタッグ王者に輝き、11月30日には永田裕志とのタッグで、ノアの小橋建太&本田多聞を下し、第7代GHCタッグ王者となる。

04年12月11日、中邑真輔とのタッグで第47代IWGPタッグ王者に輝く。05年4月、「NEW JAPAN CUP」の第1回大会で優勝。6月に行なわれた「U-30無差別級王座決定リーグ戦」も全勝優勝を果たし、同王座の第3代王者に君臨する。8月には、中邑と共にメキシコ遠征を経験。

06年1月、アメリカのTNAに初参戦。AJスタイルズらと対戦し、“ハイ・フライング・スター”として観衆から支持を集める。7月17日、IWGPヘビー級王座決定トーナメントを制して同タイトルを初戴冠。第45代王者に輝く。10月9日、「G1 CLIMAX 2006」覇者の天山広吉の挑戦を退けて初防衛に成功。

07年4月13日、永田に敗れるまで4度の防衛に成功する。その後、右膝の治療に専念するためにシリーズを欠場していたが、7月6日に復帰。8月の「G1」では、決勝戦で永田を下して初制覇を達成。10月8日、永田を破り、半年ぶりにIWGP王座を手にした。11月11日、後藤洋央紀の挑戦を退け、同王座の初防衛に成功。

08年3月23日、真壁刀義、ジャイアント・バーナードを連破し、自身2度目の「NJC」制覇。4月には全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」に初エントリーし、準優勝を収めた。この直後、左膝の負傷でシリーズを欠場。8月の「G1」で復帰。10月、無期限のTNA遠征に旅立つが、菅林直樹社長の要請を受けて緊急帰国。

09年1月4日東京ドームにて武藤敬司を撃破し、第50代IWGPヘビー級王者に輝いた。同年2月15日、中邑の挑戦を退け、初防衛に成功。4月5日、カート・アングルとのシングル初対決を制し、2度目の防衛に成功した。5月6日、中西学に敗れて王座陥落するが、6月20日にリターンマッチを制し、王座返り咲き。第52代王者に就いた。09年プロレス大賞MVP受賞。

11年1月4日、小島聡を破り、第56代IWGPヘビー級王者となる。そこから約1年間で11度の防衛を果たし、新記録を打ちたてた。12年2月12日、オカダ・カズチカに敗れて王座から転落するも、6月16日大阪で奪還に成功。第58代王者に就いた。また2013年9月にはCMLL最強トーナメント『カンペオン・ウニベルサル』を制覇する。
 
14年1月4日、東京ドーム大会で中邑真輔を下し、第7代のIWGPインターコンチネンタル王者となる。同年4月6日、両国大会で中邑の挑戦を受けるが、最後はボマイェに沈み、王座から陥落した。14年10月13日、両国大会で1年ぶりにAJスタイルズの持つ、IWGPヘビー級王座の挑戦し、激闘の末最後はハイフライフロー2連発で勝利し、第61代IWGPヘビー級王者となった。

16年1月4日東京ドーム大会・IWGPヘビー級選手権試合で、オカダ・カズチカに挑戦するが、ベルト奪取ならず。

16年2月14日アオーレ長岡大会・IWGPインターコンチネンタル王座決定戦で、ケニー・オメガに敗れ、ベルト奪取にならず。

16年3月20日ベイコム総合体育館・NEVER無差別級6人タッグ選手権試合で、ケニー・オメガ&マット・ジャクソン&ニック・ジャクソン組に敗れ、マイケル・エルガン&ジュースロビンソンとともにベルト奪取ならず。

16年4月10日両国国技館大会・NEVER無差別級6人タッグ選手権試合で、ケニー・オメガ&マット・ジャクソン&ニック・ジャクソン組を破り、マイケル・エルガン&ヨシタツとともに第5代NEVER無差別級6人タッグ王者となる。


★ポッドキャスト番組
『棚橋弘至のPodcast Off!!』 
http://www.njpw.co.jp/podcast/tanahashi/
不定期ながら、月に1〜2度更新。逸材、自らがMCを務める自由な番組。

★新日本プロレス・スマホサイト(http://sp.njpw.jp)で日記「棚橋弘至のHIGH」(隔週木曜更新)を連載中。

★主な著書

・「棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか」(飛鳥新社)
※2014年4月23日発売
 
・「棚橋弘至の100年に1人の逸材★BODYのつくりかたビギナーズ!」 (ベースボールマガジン社)
※2014年6月発売

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