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選手名鑑

井上 亘

Wataru Inoue

身長
180cm
体重
104kg
生年月日
1973年8月27日
出身地
東京都江東区
血液型
O型
デビュー
1999年10月10日
得意技
スピアー・オブ・ジャスティス、トライアングルランサー、スタガリンブロー、オラシオンフレイム
所属ユニット
青義軍
入場テーマ
Countdown ignition
Twitter
@wataru_inoue

大学時代にアニマル浜口トレーニングジムで体を鍛え、98年3月に新日本プロレスへ入門。99年7月21日、札幌中島体育センターにおける「10人参加スーパージュニア・バトルロイヤル」でプレデビュー。10月10日、後楽園ホールにおけるで柴田勝頼戦に正式にデビューする。01年4月より新日本Jr.戦線で本格的に活動し、5月に行なわれた「BEST OF THE SUPER Jr.」に初出場。9月16日、名古屋レインボーホール大会では、同期の柴田とのタッグで、邪道&外道の持つIWGP Jr.タッグ王座に挑戦した。02年4月、メキシコで武者修行し、5月に開幕した「SUPER Jr.」に参加。外道、エル・サムライから金星をあげる。04年1月、プロレスリング・ノアに参戦し、サムライとのタッグでGHC Jr.タッグ王座に挑戦した。05年3月4日、金本浩二とのタッグで邪道&外道に勝利し、悲願だったIWGP Jr.タッグ王座戴冠を果たす。06年6月の「SUPER Jr.」では、ブロックを首位通過。準決勝では稔に惜しくも敗れるが、ベスト4という好成績を残す。07年1月27日、「次期IWGP Jr.ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント」を制し、2月18日両国国技館大会で稔の保持する同王座に挑戦した。6月の「SUPER Jr.」では、昨年に続いてブロック1位通過を果たすが、優勝決定戦でミラノコレクションA.T.に敗れて準優勝に終わる。7月6日、後楽園ホール大会でIWGP Jr.タッグ王者のディック東郷&TAKAみちのくに挑戦するが敗北。その試合を最後に音信不通となりシリーズを欠場していたが、約4ヵ月後の11月11日に新日本マットへカムバック。12月8日、大阪府立体育会館・第二競技場大会にて田口隆祐を下し、IWGP Jr.王座を初戴冠。08年1月4日、東京ドーム大会にてTNAからの刺客クリストファー・ダニエルズを下し、初防衛に成功。1月27日、後楽園ホールにて前王者である田口とのリターンマッチを制し、2度目の防衛。4月27日、大阪府立体育会館大会にて因縁深きダニエルズとの対決を制し、3度目の防衛を記録した。6月にはIWGP Jr.王者として「SUPER Jr.」を初制覇。6月16日、IWGP Jr.王座を返上し、ヘビー級転向を宣言。ヘビー級転向後、初の大一番となった「G1 CLIMAX」では、初出場ながら中西学、ジャイアント・バーナードといった強豪を撃破した。09年5月6日、後楽園ホールの“フォールズカウント・エニウェアマッチ”で石井智宏に勝利。同年9月13日、永田裕志との一騎打ちに完敗。これがきっかけで、永田、S・S・マシン、平澤光秀らと青義軍を結成。10年5月3日のIWGPタッグ選手権試合3WAYマッチで、永田とタッグを組み、高橋裕二郎&内藤哲也、バーナード&カール・アンダーソンに勝利。同王座を初戴冠した。
2013年3月3日、かねてから肉体ダメージの蓄積、負傷箇所の治療のため、長期欠場を発表。懸命のリハビリを続けていたが、2014年2月2日、リング上から「レスラー引退」を発表。同年4月2日に「井上亘引退記念大会」で正式に引退する。今後は、新日本プロレスのスタッフとして活動。

★新日本プロレス・スマホサイト(http://sp.njpw.jp)で日記「わたルンバ♪」(隔週土曜更新)を連載中。

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