史上初の東京ドーム2連戦で、“無冠”の状態から一気にインターコンチネンタル王座、IWGPヘビー級王座を連続奪取。悲願の“二冠王”となった内藤哲也。
しかし、この栄冠を掴むまでの約半年間、昨年から人知れず目の負傷に苦しんでいた。いったい内藤哲也に何が起こっていたのか? 真相直撃インタビュー!
インタビュー撮影/笹井タカマサ
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※以下、インタビューの「序盤部分」をWEBで無料公開!
■10月に両国国技館で試合をした時は、ボクの目には2階席の上に3階席が見えてましたから。
――さて、内藤選手。まずは東京ドーム、そして大田区の3連戦、お疲れさまでした。
内藤 フフフ。どうですか? 逆転の内藤哲也を“堪能”していただけましたでしょうか?
――たっぷり堪能させていただきました。ただ、ビッグマッチ連戦の後でもそれほどお疲れじゃないように見えますね?
内藤 んなこたあ、ないですよ。
――東京ドームの一夜明けや二夜明けで記者会見に出られる方って、結構げっそり感が出るんですけど、今日の内藤選手はかなりイキイキしている感じがしますね。
内藤 まあ、シングルマッチ2連戦も、場所が東京ドームじゃなければやったことはありますし、3連戦の経験だってシリーズでありますからね。
――『G1』に比べたら大変じゃないってことですよね。
内藤 だって、去年の後楽園から2週間近く休みがあっての3連戦ですから。まだまだ俺は元気ですよ。シリーズ最終戦のほうがヘトヘトかもしれないです。
――あとは、やっぱり精神的なものも大きそうですけど……。
内藤 それは大きいですね。もちろん身体は痛いですけど、こうやってちゃんと“結果”が出たわけですから(ニヤリ)。
――なんか……、かなりひさびさに内藤さんから余裕を感じますね。
内藤 ハハハハハ!
――そんな内藤選手にまずお聞きしたいのが、先日の東京スポーツに出ていた記事についてです。年末の公式のインタビューではボカシていたんですけど、「右目上斜筋麻痺」という病気になっていたと。
内藤 ハイ。右目の……上斜筋が麻痺し始めたのが去年の5月ぐらいからですね。
――上斜筋っていうのは具体的にはどの場所なんですか?
内藤 (指をさしながら)この右の目ン玉の上についている3つの筋肉のうちのどれかですね。
――つまり、目を支えている筋肉のうちの一つなんですね。
内藤 そう。その1本が麻痺しちゃっていたと。本来は目ン玉を支えている筋肉なんですけど、それが麻痺しているから支えきれない。だから、目のピントが合わない。片目だけだったら見えるんですけど、両目を合わせた時に見えないんですよ。
――それは、試合をしている時はどんな感じになるんですか?
内藤 対戦相手の目が4つに見えますね(アッサリと)。
――目が4つ! つまり、相手が二重に見えるような感じですか?
内藤 まあ、そんな感じですね。だから、8人タッグマッチで4vs4だと、相手が8人いるみたいな。あと、ロープは完全に6本に見えてました。
――えーと……。コレは盛って話しているわけじゃないですよね?
内藤 盛ってないですよ! だから、10月に両国国技館で試合をした時は、ボクの目には2階席の上に3階席が見えてましたから。
――3階が見えた……。そんな状態だと、日常生活にもかなり差し障りがあったんじゃないですか?
内藤 大変でしたね。ただ、悪いほうの右目をちょっと閉じるとなんとなくピントが合うんですよ。
――じゃあ、大事なものを見るときは、常にウィンクしているような状態というか。
内藤 そういう状態です。だから「これをやらなきゃいけない」っていう集中する時は軽く目を閉じてやっていました。
――記事によると、当初は会社にも言っていなかったということなんですが。
内藤 あの~。俺、病院に行くのが嫌いなんですよね(アッサリと)。
――なんとなくわかります。内藤選手のプライベートの、よく言えば楽観的というか、悪く言えばズボラな感じというか……。
内藤 ハハハ! まあ、「寝てたら治るんじゃないの?」みたいな。でも、さすがに今回ばかりは寝ても寝ても治らなかった。
――寝ただけじゃダメでしたか。
内藤 それから自主的に眼科に行ったんですけど、それでもダメで。
――何回かお医者さんを変えたんですよね?
内藤 ええ。トレーナーの先生に相談したら、眼科、脳外科、耳鼻科を勧められたので、それぞれ行ってみたんですけど、それでも原因がわからない。さらに相談してみたら、「大学病院に行ってちゃんと調べよう」ということになったんですよ。それが去年の9月ぐらいですね。
――もう『G1』が終わってるじゃないですか。
内藤 ハイ。だから、優勝できなかった言い訳じゃないですけど、あの時期はリングだけに集中できてなかったです。物が二重に見えることが多かったんで、普段から躓くことが多くなっちゃって。リングに上がる時の階段とかロープをまたぐ時とか、もの凄く気をつけていましたね。
――注意しながら、ソロリソロリ歩く感じで。
■そういう手術のタイミングも含めて、“逆転の内藤哲也”の舞台が全部揃ってしまったんですよ
内藤 そういう、いままで気を遣わなくてもいいところにも気を遣わなければいけなくなったんで、試合にあまり集中できなかったんですよ……。あと、俺は今まで(試合後の)コメントを凄く大事にしてきたんです。
――ハイ。よく存じ上げています。
内藤 いままでは試合に100、コメントにも100みたいな感じで力を入れていたんですけど、150の力を入れないと試合ができない状態になってしまった。コメントは残りの50でしかできない。「そんな中途半端にコメントするぐらいだったら、コメントしたくないな」と思って、その頃からノーコメントにしていました。
――それがノーコメントが多くなった理由だった。でも、そんな状態でリングに上がるのはかなり危険なのでは?
内藤 そうですよね。だから、シングルマッチじゃない日はメンバーにかなり助けられました。
――実際、メンバーの皆さんは内藤さんの状態を知っていたんですか?
内藤 なんとなく「目が悪い」っていうことだけは知ってたと思います。ハッキリとした症状まではわからなかったと思いますけど。
――そんな症状が5月から始まっていたわけですね。
内藤 9月にやっと原因が判明して「これは手術しなきゃいけないな」って思ったんですけど、新日本プロレスには休みらしい休みがなかなかないですから。東京ドーム明けかなと思っていたんですけど、偶然にも『WORLD TAG LEAGUE』の後半から長い休みだったから、「じゃあ、ここでやろう」と。
――ぶっちゃけ年明けまで引っ張っていたら、いま二冠のベルトを持っていたかどうかも怪しいですよね。
内藤 無理だったと思います(キッパリ)。
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