プロレス界随一の論客・“GK”金沢克彦氏の独特の視点から、現在進行形の新日本プロレスに関するコラムを続々レポート(不定期連載)!!
今回は「令和元年8月12日。孤高の天才レスラーが新日本所属として、ついに頂点に立った記念日」今年『G1』を大総括!!
※以下、インタビューの「序盤部分」をWEBで無料公開!
■前年度の優勝決定戦(棚橋弘至vs飯伏幸太戦)から生まれたテーマ、試合後の余韻を1年越しで引きずってきた
1991年からスタートした過去の大会を振り返ってみても、今年の『G1 CLIMAX29』(以下、『G1』)は本当に異例の大会として進行し、大団円を迎えたような気がする。
その“異例”というのは、史上初めて開幕戦が海外(米国ダラス)で開催されことでも、20選手中、初エントリー組が6人もいたことではない。
前年度の『G1』、つまり2018年度の優勝決定戦(棚橋弘至vs飯伏幸太戦)から生まれたテーマ、試合後の余韻を1年越しで引きずってきたという部分なのだ。
棚橋vs飯伏。エースの復権なるか? ついに新時代の幕が開けるのか? いずれにしても、ファンからすればハッピーエンドである。
結果、棚橋が崖っぷちからの大復活劇を見せつけた。大会終了後、マスコミ、ファン、そして敗れた飯伏の心にもっとも響いたのは、棚橋が語った“飯伏評”であった。
ちなみに、この質問は私が振ったもの。自慢話ではない(笑)。ふだん、こういう場で質問などしない私が問いかけたということは、その核心部分をタナ本人の口から聞きたいという思いを抑えきれなかったのだ。
「今日の飯伏選手から覚悟は見えましたか?」
言うべきか、言わざるべきか? ほんのすこしの躊躇いを感じさせながらも結局、棚橋は澱みなく口を開いた。
「もう飯伏の体力、気持ち、技術、なにをとっても全部オレより上だと。それぐらいの評価はしている。あとは、ここ(※ハートを指す)。心の持ちよう一つなんです。オレが全員引っ張ってやるというのを飯伏に求めるのは酷かもしれない。じゃあ、べつに新日本プロレスじゃなくてもいいじゃないか。プロレス界、さらに大きなスケールで全部オレが引っ張ってやるっていうことを言葉に出す、態度で見せる。もう本当に言うことはないと思ったけど……これで最後にします。分かってると思うから」
重い重い言葉だった。おそらく、棚橋だけではなく、誰もが飯伏に望んでいるもの。棚橋は、「これが最後」と念を押して語ってくれた。
■あれから1年越しの壮大な物語が『G1 CLIMAX29』として幕を開けたわけである
新日本プロレスを引っ張っていくということ、プロレス界を引っ張っていくということ。似ているようで、それは大きく異なる。私から言わせれば、新日本をリードしていくことのほうがはるかに辛く厳しい。
それは新日本プロレスの全選手、全社員、その家族、さらにはテレビ視聴率からスポンサーまですべての責任を負うという意味でもあるからだ。
一方、プロレス界を引っ張っていくという表現には、具体的な要素、細かい規定があるわけではない。その時代その時代で、プロレス界の象徴となる。イチバン人気を勝ち得るというのが条件となるだろう。
だから、前者が棚橋、オカダ・カズチカであるなら、後者にはまさに内藤哲也が当てはまるだろう。その性格からいっても、やはり飯伏には後者が似つかわしいと誰もが感じることだろう。
一方、全身全霊で挑みながら準優勝に終わった飯伏はこう言った。
「36年でイチバン頑張った1ヵ月だったと思います。それでも、まだまだ獲れませんか? まだダメですか。ちょっとあきらめそうな自分がいます。でも一回あきらめて、2年前に復帰してからは絶対にあきらめないって決めて、またプロレスやり始めたんで。なにがなんでも獲ってみせます。もう、あきらめないです」
この時点で飯伏はフリーランスだった。フリーだからこそ、集団でのバス移動なども義務付けられてはいないから、『G1』の過酷な日程を最善の方法で乗り切るために、移動も独自の方法で行なっていた。そんな飯伏とシリーズ中、私は何度か出くわした。やはり彼は私たちと同様に新幹線を使いながら、もっとも移動に負担の掛からない旅を選択していたのだ。
もしかしたら、36年の人生でイチバン頑張った旅の末に敗れたことで、心は折れかかっていたのかもしれない。それでも、「あきらめない!」と締めくくったことが飯伏の最大の成長だったような気がする。
そうして、あれから1年越しの壮大な物語が『G1 CLIMAX29』として幕を開けたわけである。
前年度優勝者の棚橋には申し訳ないが、今回は飯伏幸太の物語であり大河ドラマ。なぜなら、あれから1年、みんなが1年前の棚橋の言葉、飯伏の覚悟を憶えていたから。たとえばマスコミ間でもファンの間でも「本命=飯伏」の声が圧倒的に多かったことが、その証拠でもあるだろう。
■あの日、私は今まで見たことのないタイプの若者に出会って衝撃を受けたのだ。
私が飯伏幸太という若者と初めて会話を交わしたのは、2006年の2月末だったと記憶している。
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