さまざまな理由とバックボーンで、日本へやって来た“外国人レスラー”にライフストーリーを聞くインタビュー新連載!その名も『YOUはどうして新日本へ?』
第1回は、今年の『WORLD TAG LEAGUE 2018』でもマイケル・エルガンとの“恐竜タッグ”で旋風を巻き起こしたジェフ・コブ。その脅威のパワーと身体能力を武器にROHでも活躍しているコブだが、じつは意外な苦労人だった!?
いったい、どんな道のりを経て彼は新日本にやって来たのか? 現在36歳、コブのライフストーリーをお届けします!
撮影/山本正二
聞き手/鈴木佑
通訳/小池瑞香
※以下、インタビューの「序盤部分」をWEBで無料公開!
■高校のレスリング部に入ったんだけど、レスリングっていうのはプロレスそのものをやるもんだと思ってた(苦笑)
――今回はすっかり日本でも人気の“スープレックスマシン”ジェフ・コブ選手について、いろいろと伺いたいのでよろしくお願いします!
コブ OK、なんでも聞いてくれ(ニッコリ)。
――まずはコブ選手がプロレスに出会ったきっかけから教えてもらえますか?
コブ あれは5歳とか6際の頃かな。WWF(現WWE)で活躍するハルク・ホーガンをテレビで観て、一気にハマッたんだ。イエローとレッドの大男が、悪い連中をバッタバタと倒す姿に「スゲー!!」って一気に引き込まれてね。
――時期的に1980年代後半のWWFのトリコになったわけですね。
コブ そうだね、子どもの頃からテレビだけじゃなく会場にも連れていってもらってたよ。当時、印象的だったのはホーガンが『レッスルマニア3』でアンドレ・ザ・ジャイアントに勝った試合かな。
――コブ選手は“ハルカマニア”だったんですね。ほかにお気に入りの選手はいましたか?
コブ あとはアルティメット・ウォリアーやハート・ファウンデーションも好きだったね。サングラス姿のブレット・ハートが凄くカッコよかったなあ……(シミジミと)。とにかくプロレスといえばWWFで、WCWや日本のプロレスを知るようになるのは、けっこうあとに雑誌を読むようになってからだったね。
――では、レスリングを始めたのもプロレスがきっかけなんですか?
コブ イエス、高校1年の頃だね。もともと俺は生まれも育ちもハワイなんだけど、その頃にグアムに引っ越して現地の高校のレスリング部に入ったんだ。でも、当時の俺は世間知らずというか、レスリングっていうのはプロレスそのものをやるもんだと思ってたんだよ(苦笑)。
――高校の部活でプロレスができると思ってましたか(笑)。
コブ そうなんだ。だから、レスリング場にリングがないのを見て「アレ??」って感じで(笑)。
――どこで試合をするんだ、と(笑)。ちなみにレスリングの前にはどんなスポーツを?
コブ いや、とくにやってなかったなあ。
――それは意外というか、根っからのアスリートに見えるので幼少期から何かやっていたのかと思いました。
コブ 強いていえば休み時間なんかにバスケットボールを仲間内でやってたくらいかな。あとはプロレスを観てただけだよ(笑)。
――レスリングでは輝かしい実績をお持ちですが、すぐに才能は開花したんですか?
コブ 自分では才能があったのかどうかはわからないけど、夢中になって取り組んではいたね。
――もともと、身体つきはたくましかったんですか?
コブ いや、身長はいまとそんなに変わらないと思うけど、レスリングを始めた頃は70kgちょっとくらいだったから、いまより40kg以上は痩せてたんじゃないかな。当時はウエイトに力を入れていたわけでもないし、栄養学にくわしくしもいから、とにかくレスリングの練習に没頭してたよ。で、レスリングの奨学生として、今度は本土のミズーリ州にあるミズーリバレーカレッジに進学するんだけど。
――その後、あなたは04年のアテネオリンピックで、レスリングの男子フリースタイル84kg級にグアム代表として出場しますね。
コブ ウン。もともとグアムには馴染みがあったしね。俺の母親の家系はフィリピンがルーツなんだけど、そこからグアムに移住したんだ。で、グアムはアメリカの領土だからアメリカ国籍のままで暮らせるし、いい仕事もあるから、俺の家族も引っ越したってわけさ。
――そういうことだったんですね。
コブ ちなみに父親のルーツは“クマモト”なんだよ。
――エッ? あの熊本? じゃあ、あなたには日本人の血も流れてるってことですか!?
コブ フフフ。じつはそうなんだ。俺の父方の祖母が日本人で、当時アメリカの軍人だった祖父と結婚してね。だから、俺はクオーターってわけさ。
――へえ~! それは意外な事実ですね。では、もともと日本には愛着が?
コブ そうだね! 祖母は俺が9歳の頃に亡くなってるんだけど、小さい頃はハワイの日本人コミュニティに一緒に付いていったりしたよ。オヤツをもらえるのがうれしかったね(笑)。
■アニマル浜口さんにも会ったことがあるよ。娘さん(浜口京子)が同じオリンピックに出てたから
――じゃあ、プロレスラーになる以前にも来日したことはあったんですか?
コブ イエス。初めて日本に来たのは03年。オリンピックの強化合宿で3カ月間、滞在したんだ。いろんなところに練習に行ったけど、一番多かったのはコクシカン(国士舘大学)かな。
――国士舘といえば、後藤洋央紀選手やヨシタツ選手の母校ですね! あのお二人もレスリング部に所属していて。
コブ そうらしいね! でも、俺とはちょっと年代がズレているから、一緒に練習したことはなかったけど。
――後藤選手たちは02年卒なので、コブ選手はその直後に練習に来たわけですね。そしてオリンピックに出場するわけですが、近年オリンピアンからプロレスラーに転向した選手として、あなたは00年代後半に新日本にも参戦したカート・アングル選手(現WWE)以来になるかもしれないですね。
コブ ああ、そうかも知れないね。俺のあとだとチャド・ゲイブル(現WWE。12年のロンドンオリンピックに出場)がいるけど。そういえばアニマルハマグチさん(浜口)にも会ったことがあるよ。娘さん(浜口京子)が同じオリンピックに出てたから。
※無料公開はここまで! 続きは有料サイトでご覧ください。
☆試合後コメント、日記も読める! スマホサイトの会員の“詳細”はコチラ!!