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| デビュー |
1997年2月15日/大谷晋二郎/神奈川・いすゞ自動車大和体育館 |
| 入場テーマ曲 |
移民の唄(リミックスバージョン)、G・B・Hのテーマ曲/trick ster |
| 得意技 |
ジャーマンスープレックスホールド、ラリアット、パイルドライバー |
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学生時代は、柔道で二段に昇段。大学卒業後、96年2月に新日本プロレスの入門テストで合格。約1年の猛トレーニングを経て、97年2月15日、神奈川県大和体育館における大谷晋二郎戦でデビュー。98年10月に先輩である吉江豊を破り、シングル初白星を飾る。99年11月よりJr.ヘビー級戦線へ身を投じ、00年4月に「SUPER J CAP」に出場。若手の登竜門「ヤングライオン杯」では、準優勝を果たす。01年3月20日、長州力とのタッグでIWGPタッグ王座に初挑戦。6月8日には、全日本プロレスに参戦し、永田裕志とタッグでアジアタッグ王座決定戦に挑んだ。8月より海外武者修行へ出発。10月にイギリスで英連邦インターコンチネンタル王座を獲得し、11月にはプエルトリコへ戦場を移して活躍する。02年9月30日、KAIENTAI DOJOで凱旋試合を行ない、10月14日に新日本のリングに本格復帰。04年8月に現在のリングネームに改名。05年8月6日、「G1 CLIMAX」での中邑真輔戦で左足アキレス腱を断裂。以後のシリーズを欠場していたが、06年1月8日にカムバックを果たす。その後、タッグパートナーだった矢野通と抗争を展開し、7月2日には越中詩郎とのタッグでIWGP暫定タッグ王者に輝いた。9月24日、アパッチプロレス軍に参戦し、金村キンタローを下してWEWヘビー級王座を獲得。その後、アパッチプロレス軍から送り込まれる挑戦者をことごとく退け、長期政権を築く。10月には、天山広吉らとヒールユニットG・B・Hを結成し、抗争を繰り広げていた矢野、石井智宏とも共闘を開始。07年3月には、「NEW JAPAN CUP」で準優勝を収め、7月6日にはデビュー10年目にして、IWGPヘビー級王座初挑戦を果たすが、王者永田に惜しくも敗れる。その後、東京スポーツ新聞が選定する2007年度の「プロレス大賞」にて「最優秀タッグチーム賞」を矢野とのタッグで授賞。08年2月17日、ジャイアント・バーナード、トラヴィス・トムコを撃破し、IWGPタッグ王座を獲得。3月9日、中邑真輔&バーナードとの初防衛戦は、暴走ファイトを展開してノーコンテストという結果になる。4月27日、“2度目”の初防衛戦では、飯塚高史のG・B・H入りという衝撃の展開で孤立した天山を血祭りにあげ、王座を守った。7月21日、バーナード&リック・フーラーを破り、同王座2度目の防衛に成功。8月にはZERO1-MAX(ZERO1)のリーグ戦「火祭り」に初エントリーし、準優勝という好成績を残した。また、「G1」でも準優勝。9月5日、中邑&後藤洋央紀の挑戦を退け3度目の防衛に成功。10月には矢野との王者コンビで2年連続となる「G1 TAGLEAGUE」出場。準優勝の成績を収めた。12月6日、中西学&吉江豊を下し、同王座4度目の防衛に成功した。09年4月5日、盟友の矢野に裏切られ、本間朋晃以外のメンバーがG・B・Hから離脱。それ以後、中邑と矢野らG・B・H離脱メンバーが結成した新軍団CHAOSに、本間と共に闘いを挑んでいる。
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