• 2017.12.13
  • #Media
【緊急無料公開!】ウワサの“超大物”クリス・ジェリコの凄さとは? 斎藤文彦氏が徹底解説!(前編) 「今回は、アメリカのファンのほうがよっぽどビックリしています」【WK12C】

クリス・ジェリコがまさかの緊急来日! そこで新日本プロレスのスマホサイトで大反響!
「クリス・ジェリコの凄さとは?」を
斎藤文彦氏が徹底解説した濃厚インタビューを緊急で無料公開!!

★各試合の詳細、コメント、日記も読める! スマホサイトの“入会”はコチラから!
 
1.4東京ドームでケニー・オメガとの対戦が決定し、全世界のプロレスファンに衝撃を与えた“超大物”クリス・ジェリコ。いったいジェリコの何がそんなに凄いのか? 

 
新人時代からクリス・ジェリコをよく知る“プロレス評論家”であり、アメリカンプロレスに詳しい斎藤文彦(フミ・サイト―)氏に、この一戦の反響なども含めてたっぷりと濃厚インタビュー! 
まずは前編をお届け!

■『WRESTLE KINGDOM 12 in 東京ドーム』
2018年1月4日(木) 17:00~東京・東京ドーム
★カード情報はコチラから!
★チケット情報はコチラから!
※「ロイヤルシート」「アリーナA」「アリーナB」は完売となりました。
※「2FスタンドA」は残りわずかとなりました。
(12月13日現在、闘魂SHOP水道橋店・後楽園ホール5階事務所・書泉グランデ・書泉ブックタワー・BACK DROPには在庫がございます)

■ジェリコの“挑戦”は、日本のオーディエンス以上に、アメリカのオーディエンスをおおいにビックリさせた。


――さて、今回はアメリカンプロレスにお詳しいプロレス評論家の斎藤文彦(フミ・サイト―)さんに、東京ドーム大会に出場が決まったクリス・ジェリコ選手の凄さ、そしてアメリカ側から観たケニー・オメガvsクリス・ジェリコ戦の反響などを伺いたいと思います。

斎藤 ハイ。よろしくお願いします。

――まず、フミさんは今回、ジェリコ選手が11.8大阪大会のヴィジョンに登場し、ケニー・オメガ選手に挑戦表明した件について、率直にどう思われましたか?

斎藤 そうですね、おそらくケニー・オメガの試合が終わった直後にクリス・ジェリコがヴィジョンに登場する、ということは大多数のプロレスファンにとってビッグサプライズだったでしょう。WWEのファンは“WWEユニバース”と呼ばれていますけど、いまは新日本プロレスのファンの方々も新日本ユニバースとか、新日本ワールドという言い方のほうがいいかもしれない。というのは、このWWEユニバースには、「WWEしか見ないお客さん」というニュアンスもあるんですね。
 
――なるほど。
 
斎藤 まあ、その中にはマニア層も含むんでしょうけど、WWEというのはあれだけ登場人物が多くて、『RAW』と『SMACK DOWN』の2ブランドに分かれている。団体の規模的には世界最大であり、「WWEだけを観ていれば、プロレスを観ていることになる」というのがWWEユニバースの考え方。ただ、そこで世界に目を向けて、「じゃあWWE以外には、どんなプロレスのカンパニーがあるんだろう?」となった時、やっぱり次に名前が上がるのが新日本プロレスなんですね。
 
――WWEに続いて、現在“世界第2位”に付けているのが新日本プロレスなんですね。

斎藤 ええ。これは団体の規模でも、登場人物の多さから言ってもそうなります。そして毎年、新日本プロレスが1月4日に東京ドームで行う『WRESTLE KINGDOM』は来年で数えて12回目ですよね。この東京ドーム大会というのは、WWEに置き換えれば『WRESTLE MANIA』(世界最大のプロレスイベント)に相当するビッグイベントです。

――そこも『WRESTLE MANIA』に次ぐイベントというか。その1.4東京ドームにWWEの登場人物だった、クリス・ジェリコ選手が電撃的に上がることになりました。
 
斎藤 ハイ。ジェリコに関してはヴィジョンにいきなり登場することで、まずは大阪のライブのお客さんをビックリさせた。そしていまの時代ですから、その映像がネットを通じて、今度は日本中のプロレスファンに目に触れることになる。同じようにネットを通じてそれこそ数分後には、アメリカのプロレスファンの目にも触れることになる。……ここで大事なのですが、今回の試合はどちらかと言うと「クリス・ジェリコが、ケニー・オメガに挑戦する」という構図ですよね。
 
――そうですね。「ケニー・オメガが、クリス・ジェリコに挑戦する」ではなくて。

斎藤 あのクリス・ジェリコがヴィジョンに登場して、ケニー・オメガに対して“挑戦“を表明した。これは日本のオーディエンス以上に、じつはアメリカのオーディエンスをおおいにビックリさせた。それが今回の現象のもっとも興味深くて、おもしろい部分なんです。

――衝撃度という意味では、アメリカのファンの方が遥かにショックが大きかったと。

斎藤 ええ。日本のファン、とくに「新日本プロレスしかご覧になっていない新日本ファン」の方からすると、ひょっとしたら「クリス・ジェリコって名前は知っているけど、そんなにビッグな存在なの?」と思った方も何割かはいたかもしれない。けれども、アメリカのオーディエンスはもちろんWWE中心に物事を見ている方が多いですから、「えっ!」という驚きでは、アメリカのプロレスファンの方が、よっぽどビックリしているということです。
 
――アメリカのプロレスファンの価値観を転倒させてしまうような出来事だったと。 

■アメリカでは、今回のケニーvsジェリコ戦は、“夢の越境対決”として捉えているファンが多いですね

斎藤 そして、今回このクリス・ジェリコの映像を見たアメリカのファンは、まずは「クリス・ジェリコとWWEの関係って、どうなっているんだろう?」と考えるわけですよね。
 
――たしかに突然だったので、そのへんの経緯がよくわかっていないですね。
 
斎藤 アメリカのファンはいろんなイマジネーションを働かせて、「クリス・ジェリコはWWEを辞めて、新日本に行くんじゃないか?」という予想を立てたり、「いや、新日本に上がるということは、WWEと新日本がビジネスをするということだろう」と考えたり、「WWEを辞めて新日本に上がるなら、今度は新日本のお皿に乗っかって、アメリカでROHのような団体に逆上陸するんじゃないか?」とか……。まあ~、なんのオフィシャルな発表もないのに、いろんな想像を膨らませたがるのがプロレスファンですから(苦笑)。そういったいろんなイマジネーションを膨らませるのに足りる、本当に衝撃的な事件だったということですね。
 
――あの一発の映像だけで、アメリカのファンをそこまで動揺させてしまったと。

斎藤 ええ。あの映像にしても、どこで撮られた映像かもわからない。ただ、たしかに最近のクリス・ジェリコがしゃべっていて、ケニー・オメガの写真を手に持っている。その写真を破く、という対立概念もシッカリ作っている。とにかく現時点で判明していることは、「クリス・ジェリコが東京ドームに登場するのは、たしかなようだ」ということ。加えて、アメリカのファンの中では、「ケニー・オメガvsクリス・ジェリコが正式決定したら、オカダ・カズチカvs内藤哲也を押しのけて、メインイベントになるんじゃないか?」ということまで話題になっています。

――アメリカのファンにとっては、それぐらい価値の高いビッグカードだということですね。
 
斎藤 ハイ。いまアメリカでもAXSというテレビ局が新日本プロレスを放送していますし、現地でも新日本プロレスワールドをオンタイムで観ているファンもいます。そういったアメリカのファンからすれば、現在のケニー・オメガは、オカダ・カズチカ、内藤哲也、棚橋弘至と並んで、“海の向こうのメジャーリーグ”の主要な登場人物の一人として捉えているわけです。だからアメリカでは、今回のケニーvsジェリコ戦は、“夢の越境対決”として捉えているファンが多いですね。

――まさにアメリカと日本のメジャーリーガー同士の対決というか。

■ケニー・オメガは、いまやアメリカのファンにとって“知らなくてはいけない選手”なんですよ。

斎藤 しかも、「ケニー・オメガは外国人なんだけど、どうやら日本語もフツーにしゃべるらしい」と。アメリカ人のプロレスファンからすると、そのへんも凄く畏敬の念を抱く部分です。しかもあの才能と、あの動きと、あの身体能力と、あの試合のクオリティなのに、「なぜかアメリカの団体をかすらずに日本でスーパースターの位置を築きつつある」と。いや、もう築いているかもしれないですが。

――アメリカのファン的にも幻想を抱ける存在というか。
 
斎藤 なぜなら、今年のオカダvsケニーの2試合。1.4東京ドームと6.11大阪城ホールの試合は、アメリカのマニア層のほとんど全員が観ているんです。つまり、ケニー・オメガというのは、アメリカのメジャー団体で試合をしてないにも関わらず、いまやアメリカのファンにとって“知らなくてはいけない選手”なんです。

――過去にも日本だけでスターになった外国人レスラーはいましたけど、日本の活躍が同時進行でアメリカに届いている外国人レスラーは珍しいですよね。
 
斎藤 ええ、日本で活躍している外国人選手のケニー・オメガは、アメリカのファンからすれば、もの凄く遠い存在ではあるんだけど、映像を通してすでにケニー・オメガのなんたるかを認識できている。そして、同じような例でいくと、元新日本プロレスの中邑真輔はそういった“映像から飛び出して”WWEに行った選手ですよね。だからこそ、彼は最初からスーパースター扱いだった。そして、実際にデビューする前から、WWEはありとあらゆるプロモ映像と情報を使って、シンスケ・ナカムラという選手をスーパースターとして登場させることに成功したわけです。
 
――ネットでの同時進行性に加え、映像と情報を効果的に発信することで、さらに価値観を上げていったと。
 
斎藤 ハイ。それとは反対に、いまの新日本プロレスをガッチリ観ている日本のファンの方たちは、もちろんマニアの方もいらっしゃいますけど、たとえば観戦歴20年のファンに支えられているというより、ここ数年間の現在進行形の新日本プロレスを観ているお客さんがメインですよね。そのメソッドでいくと、クリス・ジェリコというスーパースターは、いまの新日本ファンの中心層にとってはまだ“情報”として知っているだけのレスラーなんですね。
 
――そこは、アメリカと逆転現象が起きている感じですね。それでは、クリス・ジェリコ選手の本当の凄さ、歴史に関しても教えてください。

■90年代にはVHSの海賊版ビデオによって、クリス・ジェリコの活躍が、海を越えて徐々に共有されていった。


※WCW時代のクリス・ジェリコ(当時の新日本プロレス・パンフレットより)
 
斎藤 日本のマニア層にとってのクリス・ジェリコは、90年代に天龍源一郎さんが主宰していたWARというリングにレギュラーでずっと出場していた金髪のロングヘアの凄く格好いい、かわいらしいレスラーという印象が強いかもしれないですね。さらにクリス・ジェリコというレスラーに関しては、ウルティモ・ドラゴンという登場人物との友情ストーリーも大事なんですよ。
 
――オカダ・カズチカ選手の師匠でもある、ジュニアのレジェンドですね。
 
斎藤 クリス・ジェリコとウルティモ・ドラゴンが、メキシコのCMLLで運命的な出会いを果たす。ジェリコはメキシコでは“コラソン・デ・レオン”として活躍していた。そのあとは日本に長期滞在するかたちで、今度はWARで“ライオン・ハート”というリングネームになる。そのあとも邪道、外道らと一緒に、“ライオン道”というリングネームで活躍していく。

――その当時は、リングネームがけっこう変わっていたわけですね。
 
斎藤 そして当時は90年代ですから、まだ、“インターネット以前”ですよ。 その時代にはVHSの海賊版ビデオによって、日本のマニアとアメリカのマニアのあいだでVHSビデオが頻繁に交換されるというアンダーグラウンドな文化があった。そういった背景の中で、クリス・ジェリコという選手の活躍が、海を越えて徐々に共有されていった。
 
――VHSビデオの交換によって日本のプロレスシーンから、ジェリコ選手が“発見”されていったと。
 
斎藤  ええ。そういった流れの中で、日本で活躍していたライオン・ハートでありライオン道、つまりクリス・ジェリコは、今度はアメリカのECWへとブッキングされるわけです。
 
――当時のECWは、WWEやWCWに続く、第3の団体として注目を浴びていたハードコア系のインディー団体ですね。
 
斎藤 これはECW側が「どうしてもクリス・ジェリコを獲りたい!」ということで、団体側から招かれるかたちで新天地のリングに上がることになった。そしてECWに上がりだすと、今度はWWEのライバル団体だったWCWからお声がかかる。そんな中、ジェリコは今度はWCWの登場人物となって、“丸3年”WCWで活躍することになる。

――そのへんからは、まさにトントン拍子ですね。
 
斎藤 今度は、WWEとWCWとのいわゆる“マンデー・ナイト・ウォー”(※註=月曜テレビ戦争/1995年から、WWEが『マンデーナイト・ロウ』、WCWが『マンデー・ナイトロ』というプロレス中継を月曜夜の同時間帯に2時間、別々の裏番組で6年間でぶつけ合った)の時代です。WCWの『マンデー・ナイトロ』の登場人物として活躍していたクリス・ジェリコは、そこで丸3年間ガマンしたあと、最高のタイミングでWWEと契約するわけです。
 
――ついに目標であるWWEにたどり着いたわけですね。
 
斎藤 こうした彼のステップを見ていくと、クリス・ジェリコという選手はそのあたりの情報を知り得ているマニアにとっても、プロレスの表舞台の出世街道をずーっと歩いてきたメインストリームの選手。本当にとんでもなく長い道のりを歩いてきたスーパースターなんですね。
 
――とくにアメリカに渡ってからは、出世街道まっしぐらという感じで。

斎藤 じつは本人もよーく状況を見ていて、ECWのすぐあとにWCWではなく、WWEに行くというオプションもあった。ところが、ジェリコ自身が最初に3年ぐらいWCWでやったあと、WWEに行った方がより高いポジションに行けるだろうということを見越していて、1999年という最高のタイミングでWWEと契約したわけです。
 
――より高く、自分を認めさせる作戦に成功したというか。
 
斎藤 ええ。もちろんWAR時代にはインターナショナルジュニアヘビー級王座王座を獲ったし、ECWでもECW世界TV王座も獲った。WCW世界クルーザー級王座を4回も獲ってますから、実力的には申し分ないわけです。しかし、そうした流れを踏まえたうえでジェリコは、より“特別な存在”として自分をアピールするために、数々の新しいコンセプトやニックネームとともに、満を持してWWEのリングに登場したわけです。
 
――まさに準備万端の状態で、WWEに乗り込んだと。

■ストーンコールド、ロック、そしてHHHという “三横綱”がピークにあった時代。そのすぐ後ろにジェリコがいたわけです

斎藤 そして2001年にWCWが崩壊し、ほとんどの選手が一本釣りのような格好でWWEに移ってくる。選手が増えたことで『RAW』と『SMACK DAWN』という2ブランド制が始まる。そのブランドごとに“世界”のベルトが2つ誕生することになったんです。
 
――WWE世界王座と、WCWの歴史を引き継ぐ世界ヘビー級王座ですね。

斎藤 そして、2001年12月のPPVで、そのWWE王座と世界ヘビー級王座を統一した “WWE統一世界ヘビー級王座”の王者決定トーナメントが行われることになった。そこで、なんとクリス・ジェリコは、ザ・ロックとストーンコールド・スティーブ・オースチンという二人のスーパースターに一夜で連続勝利して、史上初のWWE統一世界王者になるんです。

――ジェリコ選手がたった一夜にして、WWEの頂点に立ってしまったと。

斎藤 ただし、この時はまだダークホース的な扱いというか、大穴としてベルトを奪取した印象があった。いわゆるビッグ・サプライズですよね。その流れの中、2002年3月1日のWWE日本公演の横浜アリーナ大会では、彼がWWE統一世界王者として来日するんですけど、当時は「えっ! あのジェリコが?」と思ったファンも日本にはいたかもしれない。でも、アメリカでジェリコを観ていたファンからすれば、「そんなことないですよ。この人はとっくに化けてますよ」「日本にいた時の認識でジェリコを観ていたら、全然情報が遅いですよ」という感覚があったんです。

――日本のファンが追い付けないほどの猛スピードで、WWEでのジェリコの“番付”は上がっていったわけですね。

斎藤 その背景にはWWEの最高権力者であるビンス・マクマホンからの厚い信頼もあったと思います。ただし、その時は長期政権にはならずに一回ベルトは落としますけど、当時はストーンコールド、ロック、そしてHHHというWWEの“三横綱”がピークにあった時代。そのすぐ後ろに常にジェリコがいたわけで、それだけでも本当に凄いことだと思います。

――2002年3月の『Wrestle Mania X8』ではメインイベントにも登場していますし。WWEに移籍して、またたく間にトップクラスに食い込んだわけですね。

■ジェリコの「何が一番飛び抜けていたのか?」といえば、圧倒的な“スター性”、もしくは“超人的な自我”でしょうね

斎藤 そもそもジェリコは体格的には、WCWではジュニアヘビー級、クルーザー級というくくりに入れられることが多かった。ところが、WWEに行ったとたん「これからは、ラ―ジャー・ザン・ライフ(Larger than life)だ」と言ってね。要するに、その時点でクリス・ジェリコの頭の中ではもう“回路”が開いていたんですよ。
 
――階級なんか関係なしに、頂点に這い上がってやるという気持ちをむき出しにしてきたというか。

斎藤 WWEというのはスーパーヘビー級王国なので、「あの体格では無理」と思われていた中、そういう偏見を「関係ねーや!」と完全に跳ね返したわけですから。しかも当時、クリス・ジェリコがWWEでプロレスがもっともうまい選手だったかと言えば、そうとも言えない部分がある。「じゃあ、何が一番飛び抜けていたのか?」といえば、それは圧倒的な“スター性”、もしくは“超人的な自我”でしょうね。

――“超人的な自我”ですか!
 
斎藤 ええ。プロレスの技術そのものが飛び抜けてたわけでもない、アスリートとしての運動神経は卓越したモノは持っていると思いますが、そこだけでいえばジェリコより凄い選手もいる。しかし「どうやったら、自分をより高めることができるか?」と突きつめる自己プロデュース能力。その部分が、本当にズバ抜けていたでしょうね。

――なるほど。
 
斎藤 とくにWWEに入って以降のジェリコは、「この団体で“特別な存在”になるにためには、どうしたらいいか?」という部分に全神経を注いでいった。そして、実際に“特別な存在”になっていくわけです。……もちろん、ボクはジェリコが日本に来ていた時から、“特別な存在”になると思ってましたけどね(ニッコリ)。

■ジェリコはもの凄く向学心が強くて、日本滞在中にひらがなとカタカナをすっかり覚えてしまったんです

――フミさんは、まだ若手の頃からジェリコ選手が“大物”になる予感を抱いていましたか。

斎藤 ええ。それこそWARに来ていた頃から。あの頃はシリーズ単位の来日じゃなくて、3ヶ月単位で長期滞在をしていたんです。下積み時代の彼は、錦糸町の隣の東陽町の安~いビジネスホテルで3ヶ月づつ滞在しながら、シリーズとシリーズのあいだも帰国せずに日本にとどまっていた。
 
――試合がないと、さすがに時間を持て余しそうですけど。

斎藤 ところがジェリコはもの凄く向学心が強くて、その日本滞在中にひらがなとカタカナをすっかり覚えてしまったんです。
 
――ジェリコ選手は、ひらがなとカタカナがわかるんですね。
 
斎藤 東京スポーツを持ってきて、「コレなんて書いてあんの?」と聞いてきたり、非常に研究熱心でね。だから彼は日本のプロレス雑誌に何が書いてあるのかも、よく知っていました。……ジェリコは、高校を卒業するときにプロレスラーになるか? 10代からバンドをやっていて、ロックンロールを追及するべきか? 凄く悩んだというエピソードがある選手なんですね。
 
――プロレスラーになるか、ロックンローラーになるかの二択で悩んでいましたか(笑)。

斎藤 贅沢な悩みですよね(笑)。それで、最終的に進路を決定したのは、まだご存命だったオーエン・ハートの試合を観て、「やっぱり俺はプロレスをやる!」と決めた。バンドはあとでもできるかもしれないけど、プロレスラーになるにはいましかないということでね。まあ、いったん大学に入るんですけど、20歳の時に大学を中退してプロレスラーになった。彼はオーエン・ハートやクリス・ベンワーに憧れた世代ですよ。
 
――オーエン・ハートとクリス・ベンワーは、ともにカナダ出身で、二人ともカルガリー経由で新日本プロレスで活躍したあと、WWEマットでスーパースターとして活躍した。ジェリコ選手の“先輩”にあたるレスラーたちですね。
 
斎藤 だから、プロレスラーになった時点から、クリス・ジェリコは「いずれは俺も日本へ行くぞ!」ということを考えていたみたいですね。おそらく彼の頭の中では「カルガリーから日本へ。日本に行ったら、メキシコにも行けるかもしれない」ということがイメージできていたんでしょう。

■クリス・ジェリコは“特別な人”。「客観的にイメージできたものはやがて実現する」と考えるタイプだと思う


――ジェリコ選手は若い頃から、自分のサクセスロードをシッカリ見据えていた人なんでしょうね。
 
斎藤 彼の考え方は、「このプロレスの世界で、どこまで行けるかな?」ということなんでしょうね。クリス・ジェリコは1970年生まれの現在47歳、カナダ育ちで子どもの頃から大のプロレス好きということは当然、ブレット・ハート(カナダ出身の名レスラー)も好きでしょう。テレビで観るプロレスとしては、WWF(当時)のハルク・ホーガンを観て育ったでしょうし、WCWがまだNWAだった頃には、アトランタのケーブルテレビがありましたから、リック・フレアーの試合も観ていたでしょう。つまり完全なマニア上がりなんでしょうけど、そういうプロレスシーンを常に客観視できていたと思いますね。
 
――早い段階からプロレスの世界地図を手に入れて、「自分はどういうふうに進んで行こう」と考えていたような気がしますね。
 
斎藤 もちろん、そういうことは才能がないとできないですよ。ただし、クリス・ジェリコは“特別な人”ですから、「客観的にイメージできたものはやがて実現する」と考えるタイプだと思うんですよ。

――「思考は現実化する」と考えて行動するタイプというか。

斎藤 夢を見る人は多いけど、叶わないと考える人もいますよね。そういう意味では、あの身長と体重で、クリス・ジェリコがWWEのチャンピオンになるなんてことは、新人時代から観ていた人には想像ができなかったと思う。ただし、ジェリコの中では、「すべては計画通り」という気持ちがずっとあったと思いますよ。

――フミさんの中では、初期の頃からそういう予感を感じていたと。では、次回はさらにジェリコのこと、そしてなぜ今回のケニー・オメガ戦に至ったのか? についてもお聞かせください!

※後編も近日中に更新します!

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■斎藤文彦(さいとう・ふみひこ)
1962年、東京都杉並区生まれ。プロレス・ライター。コラムニスト。編集者。筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻博士後期課程満期退学。早稲田大学大学院スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科修了(スポーツ社会学)。オーガスバーグ大学教養学部卒業(バチュラー・オブ・アーツ)。在米中の1981年より週刊プロレス(ベースボール・マガジン社)記者として活動。海外リポート、インタビュー記事、巻頭特集などを担当。人気コラム”ボーイズはボーイズBoys Will Be Boys”は3デケードにまたがる長寿連載だった。専修大学、国士舘大学などで非常勤講師。と同時にほとんど主夫。自宅ではネコ5匹の世話係。近著に『プロレス入門』上下巻(ビジネス社)、『昭和プロレス正史』上下巻(イースト・プレス)、『フミ・サイト―のアメリカン・プロレス講座』(電波社)などがある。

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